将来安泰の完全グレーゾーン



―卒業までの大失態―


就職活動を楽に終えた僕は、残りの大学生活を
卒検と思い出づくりに捧げました。


卒検は面白い研究をしてやる!って意気込んでいたのですが、
結局何の勉強もしてこなかった僕は、分野そのものに興味がなかったのです。


僕がいた学部は、「情報学部」というもので、
プログラミングなどを主に学ぶ学部でした。


ただ、プログラミングってやれば分かるんですけど、
目的を持っているとか単純に変態でなければ
身に付けるのが難しいんです。


僕のように、そもそも興味ない人が学んだとしても
全く身につかない。


それどころか、プログラムを嫌いになるって
未来が待っているんですね。


そんな状態で卒検なんて興味を持てるわけもなく。


中学・高校で勉強が捗らなかったのも
『勉強に興味がないから』だったんだろうな…


って現実逃避したりもしながら、
教授の操り人形のように、言われた研究を
言われた手順に従って終わらせました。


しかし


卒業間近で大事件が…


これは一切予想していなかったことで、
僕としても大失態だったと思っています。


なんと、僕は卒業式に出ることが出来なかったのです。。。


大学を卒業するためには規定単位というものがあって、
僕の大学では124単位取得が義務でした。


当然僕もきっちり計算して、
124単位あったのですね。


パソコンの単位習得一覧表(大学のシステム)を見ても、
きっちり124単位あったのです。


それにも関わらず、卒業式2ヶ月前に
僕の単位が2足りないことが発覚しました…


当然僕も抗議に行きましたよ。




緒方「124あるんですけど。間違いじゃないですか?」



教授「いや、122しかないよ。」



緒方「パソコン見てもらえますか?
124あるじゃないですか。」


教授「…ああ、これ間違いだよ。
パソコンのシステムここ1年くらい調子悪いんだよね。」



緒方「え…」




パソコンのシステムが調子悪いことを公開しなかったなら、
大学側の責任じゃないか!


と、大学のせいにしようとしていた僕ですが、
潔く諦めました。


同じようにパソコンを信じていたのが、
学内で僕と台湾留学生の二人だけだったからです。笑


幸い僕の残り2単位をどうするか出来るのが
卒検担当の教授でしたので難なく再試して単位をくれました。


ただし、卒業は「追加卒業」扱いになってしまい
みんなと別の日に卒業式行ってきましたよ。


でも卒業出来て、就職先に謝りに行かずに済んで
これはこれでいい思い出かと納得させました。




―フラッシュバックするこれまでの人生―


大学ではプログラミングをやっていたのですが、
僕が入った会社は電機関係の会社であって、
全く専門外だったんですね。


そもそも専門と言えるほど知識を持った分野はありませんが…


それはさておいても、僕は就職後初の給料とか、
初めての一人暮らしでかなり舞い上がっていました。


元々、小学校から図工やDIYは苦手でしたが、
就職した以上、電気工事もやってやると思っていたんです。


よし打ち込むぞ!
誰にも負けない電機工事王になってやる!!


そんな野望さえも掲げていました。


ただ


ここでフラッシュバックしたんです。


本当に唐突に。


これまで僕の人生を振り返ってみると、


興味のないこと:学校の勉強


興味あること:遊び、バイト



「興味のないこと」には一切打ち込めていない。


いつも一生懸命やって、成果を上げてきたのは
「興味あること」だけじゃないか?



急に仕事に対しての熱が冷めました。


電気工事王になる!と誓って30秒後くらいには
もうこの状態ですよ。笑



そんな冷めた状態で臨んだ初出勤日。


そこで聞かされた事実は、僕が知っている現実ではありませんでした。


・土日出勤は当然(手当は出ない)

・時間外まで働くのは当然(手当は出ない)

・移動時間は勤務の一貫


このようなことが、”当然”なこととして扱われていました。


これって、いわゆるブラックな会社ですよね?笑


僕が思い描いていた社会人生活とは、全く違うものでしたし。


「新入社員を脅かしてるだけなんだろ?」


と、自分の選択を正当化するためにも思い込もうとしました。


ですが、


早々と、僕は裏の現実を目の当たりにすることになったのです。


土日出勤は当たり前。


勤務時間内に仕事が終わっても、帰れない。
帰るくらいなら、仕事が円滑に出来るように勉強をしろと言われます。


早朝4時出発(僕の運転)、23時帰社(僕の運転)であっても、
移動も勤務だし時間外手当は一切出ない。


「ふざけんな!おかしいだろ!」
と、心の中でムンクのように叫びつつ、
(顔は似ていませんよ。笑)


このまま、会社で働き続けていては、
ささやかな休日くらいしか幸せがない。


興味のない分野に取り組み続けて…
そんな人生が、あと50年近く続くなんて・・・


「絶対に、現状から抜けだしてやる!」



そう思いたち、現状を打開出来る方法を探し始めました。


最初はリアルビジネスである、
美容室開業などを考えました。


当時はアニメのキャラのような髪型が、
最もかっこいいと思っていました。笑


そのため、髪のセット方法を様々試して、
その過程で色々と勉強したので美容室をしたいと思ったのです。


しかし


美容室などを経営しようと思えば、
それ相当の資金が必要になります。


もちろん大学を出たばかりの僕に資本金などない。


銀行も貸してくれない。


途方に暮れました。



そんなある時、いつもと同じようにyoutubeを見ていると、


「アフィリエイトで月収200万円。自由な生活」


こんな動画を偶然見つけました。



アフィリエイト・・・?


動画を見るとうさんくさい。笑



きっかけはこんな感じでしたが、
色々調べてもやはり、うさんくさい。笑


中には、


「誠心誠意あなたの成功を願ってサポートします!」
って書いてあったのに、買った瞬間無視する輩も混じっていました。


ここで辞めようとも考えましたが、
『自由な生活』このキーワードが引っかかってしまい、
どうしても諦めきれませんでした。


現状を変えることができなければ、
奴隷のような不自由な生活が続いていくのですからね。


だからどうしても諦めきれなかったのです。


そのため色々と情報を仕入れた後に、独学で勉強しました。


しかし一向に結果は出ない。


勉強のために購入した教材も使えないものばかり・・・


当時は使えないものばかりだとしても、自分の夢のために、
ひたすらアフィリエイトに取り組み続けました。


でも、現実は甘くなくて、いつまでたっても成果は出ませんでした。


面白くありませんでしたよ。
だってすぐに結果が出るものと思っていましたので。


『初月から30万円稼いだ!』なんて謳っている人が多数いましたので。



僕にアフィリエイトは向いていないんじゃないか?



仕事も忙しくなってきたし、もうアフィリエイトなんて辞めて
無難にこの会社で頑張ったほうがいいかも…


当時仕事が忙しくなり弱っていた僕は、
そんな考えさえも持っていました。



本当にここで諦めていいのか?



同時にその考えも抱いていたので、
僕はきつい中、兼業を両立させようとしたんです。


毎日6時出社、帰宅は22時。
アフィリエイトに割く時間は、22時~2時。


これを5ヶ月間継続しました。


その結果、


少なからず成果が出始めてきたのです。


この時は単純に「よっしゃ!!!」って思いましたし、
「会社辞めたらどうなるんだろ…」という考えもありました。


こんな無理な兼業でも少なからず成果を出せているんだから、
会社を辞めて専業にしたら大きな成果出せそうじゃないですか?


そう思うと、僕はすぐに行動してしまうんです…


思い立ってから、1か月後の2013年10月に僕は退社しました。



ただ、これまでの人生を振り返ってみると、


・興味のあることに関しては熱中するタイプ


・そのおかげて結果もついてくる
→他の人よりいい結果を出してきた


・なんとなく人生が順調



これらの要素から、完全に僕はネットビジネスで食っていけると思いましたし、
誰よりも大きな成果を上げる自信がありました。


ネットビジネスの作業も好きでしたし、
ネットビジネスの勉強が何より楽しかったんです。


単なる日常の見方が全く違うものになりますし、
かなり賢くなった気分になっていましたので。


これはいける!


そう思わない材料が見つかりませんよね。


当時の僕は、こう思っていました。



即効で成果を出して、毎日遊んで暮らすぞ!
会社から開放されてラッキー♪





tugi
物語of緒方 第四巻